2012/11/26


活気ある組織のために

衆議院が解散して、師走の総選挙となりました。
しかし、政治討論を聞いても、批判ばかりで相手の失策を攻撃しあい。 政党の離脱も政党間の連携も、まるで芸能人の結婚・離婚のゴッシプを見ているようで、すこし悲しくなってきます。

農業分野でTPP反対でも、日本のお得意の工業分野で自由貿易を。
原発反対でも電気の安定供給と料金抑制を。
増税反対でも、国家財政健全化、経済対策を。

マクロ経済の専門家ではないので、どの政策が正解なのか分かりません。
でも、何も犠牲を払わず、決まったことも従わず、批判ばかりしても、よい方向に行かないことだけは確かだと思います。

いきなり、禁じ手の 政治ネタから入りましたが、決まったことに従わない、批判ばかり、他人依存、犠牲を払わずでは、その組織がじり貧になっていくのも仕方ないように思えるのです。
国家・政治レベルの話ではなく、企業や組織でも同じだと思うのです。

そこで、組織の一員として、活気のある組織にするために以下4つを考えてみてはいかがでしょうか

●批判ではなく、建設的な意見を
完璧な答えは、どこにもないと思うが、完璧な答えを求めすぎてしまうとどうしても批判ばかりになってしまう。
「○○は違う」と言ってしまいそうになったら、「自分ならどうするか」を自信を持っていえるかを自問自答してから声に出す。

●自己責任
他人に頼らない。人間は社会的動物であるから、一人では生きてはいけないし、当然、外的環境に影響を受ける。、でも、協力し合うことと依存することは違うと思う。自立できる自分をつくる。

●決まったことに従う
日本人は、議論をしない。そのくせ自分の意に沿わない決定事項には、極めて消極的な抵抗をする(すなわち、何もしない)と、聞いたことがある。その通りだと思う。決まったことには協力する姿勢を前面に出すことが大切である。

●自己犠牲を覚悟する。
少し、危険な発想かもしれない。でも、何も犠牲を払わず、欲しいものだけ得ようとするのはエゴかもしれない。何かを自己犠牲を払う勇気が必要である。


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2012/10/1


自分の価値を高める

どうせ仕事をするならば、価値のある仕事をしていきたいものです。価値を判断するうえで2つの側面があると思います。

●自分自身の評価
一つは、「自分自身の判断基準」の評価です。他人がどう評価しようとも、自分自身の仕事観や正義感に沿って、自分を客観的に評価した「自分の価値」です。 たった一度の自分の人生だから、「自分らしく働く」ことはとても大切だと思います。

●他人から見た評価
もう一つが、「他人から見た価値」です。人からどう評価されているかということです。社会の一員として仕事をしている以上は、他人の評価から逃げることはできません。
意識しているか否かは別として、常に「仕事がデキる人」「デキない人」「気が利く人」「利かない人」等の評価を受けながら仕事をしています。

2つの評価が違っていても、自分自身の評価も、自分のフィルターを通してみた現実であり、他人からの評価も他人の目を通して見えている事実です。
どちらにも「事実」であり、どちらにも間違いはありません。
これを完全一致させる必要はないと思いますが。この2つが大きく乖離し過ぎていると、自分自身にも組織にも不都合があるようです。

完全一致した状態を実現させましょうとまでは言いませんが、できる限り、それを一致させるように、自分自身も努力し、そのような働きかけをすること大切だと思うのです。

そのときに大きな障害となるのが、「反発」もしくは「逃避」といわれるマイナスの感情です。
自分に面白くない評価を受ける(=欠点を指摘される)時に、「そんなことはない!」という他人も目が間違っているとする「反発」も、 「そんなことは分かっているけど関係ない!」という自分に言い訳をする「逃避」も本質的には変わりません。

まず、自分がこのようなマイナス感情になっているかに気がつくことが大切だと思います。まずは「気付く」だけでいいのす。 気付くことが、次のステップの「受容」「改善」「強化」の一歩につながります。

また、子供が、正常な成長の過程で「反抗期」あると同じように、正常な大人の成長(?)にもこのマイナス感情は必ずある。と思っていると、いくらか気が楽になれると思います。
管理職の皆さんも、こう考えれば、部下指導の際に少しは楽になるのはないでしょうか。

自分自身の決めた価値は「仕事のやりがい」を、他人が決めた価値は「仕事の立ち位置」を決めるのではないでしょうか?
他人の評価を受け入れながら、それを一体化させて、仕事の価値を高めていきたいものです。(自戒を込めて……)


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2012/09/10


目標達成する組織

目標を達成する組織は、やると決めたことを続けられる人がたくさんいる組織です。

続けられるか否かは、努力の対価(=ご褒美)を得られるか否かに因るところが大きいようです。これを「モチベーション要因」と言います。

モチベーションには、大別すると2つあります。
【1】「業績が上がった(目標を達成した)」「褒められた」「報酬を得られた」「出世した」など、結果により得られるご褒美によるモチベーション 【2】「自分自身の充実感」「やっていること自体の楽しい」など、プロセスを通じて心の中で起こるご褒美によるモチベーション

目標を達成する人は、【2】のプロセスを通じての心のご褒美に気付き、決めたことを続けられる人です。

仕事は結果を出すためにやっているのですし、結果を出すことが何よりのご褒美です。しかし、「結果」は外的要因の影響を大きく受けます。残念ながら、すぐには結果がでないこともあります。

決めたことが続けられない人や組織の多くは、それだけを追い求めて、得られずに諦めてしまっています。そして、何度か繰り返しているうちに、取組むこと自体を内心諦めて「どうせやっても無駄だよ。」となっています。

行動したことが必ず成果につながるわけではありませんが、諦めて行動をしなければ成果が上がるはずがありません。
目標を掲げながら、そもそも、実際は最初から本気でやっていない人の集まった組織が、目標達成ができない組織です。

他方、プロセスを通じて心の中で起こるご褒美は分かりづらいですが、外的影響を受けづらく、どんな状況に置かれていても得られるというメリットがあります。 決めたことを続けられる人の多くは、自分の心の中に起こる小さな変化をモチベーションにして、結果として成果を出しています。
そして、目標達成する組織の多くが、この内面の変化やプロセスを大切にする組織文化になっています。

一見、甘い(生温い)と思えるかもしれませんが、目標達成にこだわるならこそ、プロセスや小さな変化に目を向けた組織をつくるべきなのではないでしょうか。




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2012/06/04


「夢は見るモノ(?)」それとも「夢は叶えるモノ(?)」

企業組織の中で、さまざま場面で「目標」という言葉が使われています。
本来の「目標」とは、企業組織における組織に属するメンバーが
共通に目指す明確なゴールのことです。

しかし、人により、場面によりその捉え方は大きく違っているようです。

私は、日々の組織マネジメントで使われる目標には
「必達目標」「形式的目標」「努力目標」の3つのレベルがあると考えています。

目標意識の高い組織は、目標を「必達目標」として捉えて、
意思決定をして行動をしている組織です。
必達目標とは、「必ず達成させる!」という強い意志と、
「こうすれば達成する!」という具体的な方法論のある目標のことです。

一方、目標意識の低い組織は、
「形式的目標」になっているメンバーが多い組織です。
目標は設定されているのですが、日常活動においてあまり意識されることはなく、
自分のこととして結果の検証がおこなわれることもない状態です。

特に注意が必要なのが「努力目標」と言われる目標です。
かっこよく「挑戦目標」「チャレンジ目標」という言葉を使っていますが、
ほとんどの場合「努力目標」と同じ意味で使われています。

もちろん「努力」「挑戦」「チャレンジ」ということを否定するつもりはありません。
努力すること、挑戦することは大切なことです。
しかし「目標管理」をおこなう際には、2つの理由から注意が必要です。


(理由1)
「努力目標」という言葉を使った時点で、
駄目でも仕方ないという言い訳が始まってしまうことです。
このような状態のときは、適当なところで妥協点を探して、
その妥協点に向かって行動をしています。

組織において怖いのは、この妥協点が個人によりバラバラに設定されていることです。
ですから、共通の目標を掲げながら、実際に目指しているゴールが違っていることです。

(理由2)
高い目標を設定すること自体が目的になり、
「高い目標を掲げる意気込み」を示すことが目的となることにより、
「絶対に達成する!」という意思も「実際のアクションプラン」を持たずとも、
頑張っていると錯覚をして行動する危険性があります。
このような状態では、前述した「形式的目標」と変わりありません。

最初から「努力目標」として目標を設定しているケースは少ないのですが、
未達成が続くと、いつの間にか「努力目標」になってしまいます。
また、達成をイメージできないと、
いつの間にか「努力目標」になってしまいます。


皆様が日頃管理している目標は
「必達目標」として捉えられていますでしょうか?

「目標とは掲げるモノ、唱えるモノ(?)」
それとも
「目標は実現させるモノ(?)」

再確認をいただければ幸いです。


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2012/04/09


もう一つの人事制度の意味

船井総合研究所では、コミュニケーションの大原則として
「伝えたことではなく、伝わったことがすべて」としています。

自分の伝えた(伝えたかった)ことと、相手に伝わったことが異なった場合には、
どちらの責任云々ではなく、結果として「伝わったこと」のみが事実であるという考え方です。

ですから、発信する側は、受け手にどのように伝わっているかを、
常に考えながらコミュニケーションをする必要があります。

自分の行動・考え方・極論を言えば人間性までもが、
相手に伝わったことのみが真実となるのです。

しかし、往々にして自分を過大評価しがちですので、
そのギャップが様々な問題になることがあります。

特に、企業組織の中では、
他人の評価と無関係であることは不可能です。

実際に、人事評価制度の有無に関わらず
「上司からの評価」を受けて、仕事の配分や処遇が決定して、
「お客様からの評価」を受けて業績が決まっているのです。

当然、そこには絶対的な尺度やモノサシはありませんし、
所詮は相手の主観ですから、
「上司の評価が正しいか否か?」、「お客様の評価が正しいか否か?」は
完璧な公平性をもってジャッジすることできません。

しかしながら、相手には「そう見えている」という事実が存在するのです。

さらにまずいことに、
「自己評価」と「他人評価」のギャップが大きいというのは、
本人にとってメリットがありませんし、
この事実を受け入れることができないと
「独りよがりな人」「子供っぽい人」と他人の目に映り、
コミュニケーションにも問題が発生します。

組織の中で生きていくためには、他人に評価を素直に受け入れて姿勢を持ち、
他人評価と自己評価をできるだけ一致させながら、良いところは伸ばし、
問題点は修正するという姿勢を持ち続けることが必要です。

そのように考えれば、人事評価というものの違う側面も
見えてくるのではないでしょうか?

もちろん、相手の視線や評価ばかりを気にして、
萎縮して行動する必要もありませんし、
自分らしさを失うことも良くないことですから、
自分らしさをと他人の評価のバランスを図ることも忘れずに…。


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2012/03/12


意識を変える!

「目標達成のために一番大切なことは何ですか?」と質問をすると、
「意識の改革」と応える管理職が多くいます。

「人は納得し、意識を変えなければ、本気で動かないのだから、
先ず、意識に働きかける」という考え方が間違っているとは言いません。

また、「意識が変われば行動が変わる」⇒「行動が変われば成果が上がる」
というロジックになんら間違いはありません。

しかし、実際にこのようなスタンスで成果が上がっていることは稀なことです。

その理由は、「意識を変えること」ができないからです。

「意識の変革」ためには、何らかの動機付けが必要です。
動機付けの方法はいくつかありますが、
有効な方法の一つが「ご褒美」与えることです。

ここで言う「ご褒美」とは経済的・物理的なことではありません。
心のなかで起こる喜びです。
これを「内発的動機付け」と言います。

成功、結果の変化(=好転)を体感して、心地よい充実感・快感を与えることです。
些細な体感であっても、数回この充実感や快感を覚えると、
また同じ感覚を欲するようになります。
それにより少しずつ意識が変わってきます。
これを「自己効力」と言います。

達成の喜びを感じたことのない人に
「達成」ということは言葉自体で動機付けをすることはできなのです。

まずは、無理やりにでも、「成功体験」を得るための仮説をつくり、
それをとにかくやってみること(やらせてみること)が大切です。
そして些細なことでもいいので「成功」を感じてもらうことです。

そのステップは以下の通りです。

(1)成功する可能性が高いと思う行動を決める(行動計画を立てる)
(2)まず、行動する(行動量を確保する)
(3)その上で、小さな成功・変化を見つける

その環境を作る仕組みが「目標管理の仕組み」だと思います。

社員の意識を変えられないとジレンマに陥っている場合には、
逆説的に「行動だけ」を変えるというスタンスで
目標管理をしてみてはいかがでしょうか?

「意識」は目に見えず管理しづらいので、
目に見える「行動」だけを管理してはいかがでしょうか?


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2012/02/13


仕事脳の柔軟性

20年位前に目にした、古典的な人事労務管理の教科書(?)の中に
こんな件が載っていました。

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「職務拡大」と「職務充実(高度化)」

定型的で単調な業務に長期間させていると、モチベーションが低下してくる。
そこで本人の適性を鑑みながら、
「職務拡大」と「職務充実」の2つの視点で計画的に、仕事を与えていくことが大切である。

(1)職務拡大:担当させる仕事の幅を広げることによる動機づけ。
(2)職務充実:責任や権限の範囲を拡大して、動機づけ。
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至極当然のことが書いてあるのですが、
「計画的に」という一言が入ると、案外やっていないことが多いようです。

一般にベテランの域に達すると、
仕事の変化や、新たな仕事のスキルが必要になったときの対応力が低下してきます。
要は「頭が固くなる」と言われる現象です。

これは、加齢による生理的な変化(=老化)であることは否定できません。
しかし、それだけではないようです。
「日常の仕事の仕方」にも大きな影響を受けています。

ベテランになると、積み重ねた経験の範囲内で、
新たな能力・知識やスキルを習得しなくとも、
そこそこ無難に仕事がこなせるようになっています。

今ある脳力だけを動かせばこと足ります。
ですから、おのずと使う範囲が限られてくるのです。
そこで脳力と思考範囲の「硬化」が起こるのです。
(これは「劣化」ではありません。あくまでも「硬化」です。)

筋肉や関節は、生来の体質もありますが、
普段から意識をして可動域を広げていないと、
身体は硬くなり関節の可動域は狭くなっていきます。

多少身体が硬くても、日常生活を送るには大きな障害となりませんが、
突発的なアクシデントがあると大怪我につながりやすいことはご存知の通りです。

仕事の脳力についても同じことが言えると思います。
恣意的に仕事の範囲を変えて、
使える脳力の「ストレッチ」、「筋肉トレーニング」を定期的にやっていないと、
どんどん硬化していくのです。

日常の仕事をやっている分には何ら問題がないのかもしれませんが、
いざと言うときに対応できない脳力・思考力になっている危険性があります。

しかも、今は、何があっても不思議ではない時代です。
常に突発的なアクシデントがいつ起こるかわからないのです。

ですから、人事労務の教科書にあるように、
会社が計画的に施策として「職務拡大」「職務充実」を計画的に実施して、
刺激をしていくことが必要だと説いているのだと思います。

また一方では、働く者として、会社から与えられる刺激を待つのではなく、
自ら能動的にやっていく姿勢が必要だと思います。
自ら変化を起こし「職務拡大」「職務充実」をおこなっていくことは、
この教科書が書かれた時代よりも更に必要性が増しているのではないでしょうか。

(余談ですが…)
最近、恐ろしく硬くなった肉体に危機感を感じ、「ストレッチ」と「筋トレ」をはじめました。
言うのは簡単! でも 実行・継続するのはむずかしいですね。(^.^)


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